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    2017年01月04日

    年末の香港へ|香港旅行@8歳&3歳

    あけましておめでとうございます!今年もいろんなところへ行きたいな〜

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    年末は香港へ行っていました。本当はクリスマス前から、ヨーロッパあたりへ遊びに行きたいな〜と思ってたんだけど、長男が「サンタさんが来る日は絶対おうちにいたいし、サンタさんが来た次の日はもらったおもちゃで遊びたいからやっぱりおうちにいたい」というので、27日発、かつお正月には東京に戻りたい(年始、少なくとも3が日は日本にいるようにしたいと思ってしまうのは、もう刷り込みで変わることはないのかもしれない)と考えるとやっぱり近場かなと。子どもがそんなことを言うのも、長い人生から見ると本当に一瞬のことなんだろうなと思ったら、その通りにしてあげたくなったのです。

    先月、我が家に遊びにきていた香港人の女の子から香港の様子を聞いて興味をもち、なおかついい感じの航空券が買えたので、香港に行くことにしました。4泊5日で香港なんて、めっちゃのんびりした日程だね!と人には言われたけど、子連れだとそれでもかなりタイト。

    サプライスで香港航空の正規割引往復チケットをひとり29000円くらいで買い、宿泊先は毎度おなじみairbnbで確保(今回初めて子どもが宿泊先を選んだのです...後述)、そして向こうで会いたい友人と約束をし、そこまでしたら、とりあえずなんとかなるだろう!と年末進行であっぷあっぷの仕事へと邁進していました。

    今回反省していること

    4泊5日なんてショートトリップだし、我が家だけの旅行だし、と今回はいろいろ油断していた。まず反省しているのは、事前にやりたいことを調べるのが完全に不足していた。もったいないことをしてしまった。ガイドブックもたくさん買い込んだけど、ほぼ行きの飛行機で読むか現地で読んでた。

    あとは、3歳の次男のために簡単でもベビーカーを持っていくべきだった。今まで(東京でも)私はほぼベビーカーを使わず、エルゴでなんとかしてたけど、毎日昼寝のたびに15kg超の人を2、3時間だっこかおんぶしていたら、筋肉疲労で体調を崩した。徹夜明けで空港へ行ったのもあって、もともと体調が万全ではなかったのもある。

    そして、今回子連れ旅で初めて、子どもが熱を出した。今までが運が良かっただけかもしれないけど、なんとなく大丈夫なものと思ってたので、準備不足だった。

    つづきます。
    posted by リョーコ at 15:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2016年10月07日

    こういう人を育てたい

    子どもを育てるにあたって、いっしょに旅行するのが楽しいような人を育てたいと思った。どんな乗り物も厭わず乗り、丈夫で、好き嫌いがなく、人見知りせず、好きなものがあって、その場その場で楽しいことを見つけられるような人。今のところ、わりと順調に育ってるような気がする。

    男子なせいもあり、乗り物はなんでも好き。小さいころからしょっちゅう乗ってるせいか、乗り物酔いも今のところ数えるほどしかしていない。特に飛行機は大好きで、乗るたびにその航空会社のおもちゃ飛行機を買ってる。飛行機のホテルに泊まったときはすごく喜んだ。
    ストックホルムの飛行機ホテルに泊まった夜

    好き嫌いや人見知りは、するときはするけど、ほかに選択肢がないと思えばそこでうまくやっていくしかないので、あまり多くの選択肢を用意しない(できない)ときのほうが、うまくやれてる気がする。さらに、丈夫なほうでもある。旅行先で熱を出したことが今のところはない。ふたりとも波が少ない。そして、旅行前には「絶対期間中ずっと元気」と暗示をかけてる。次男はアトピーなので、こっちも前もって気をつけてるっていうのもある。

    その場その場で楽しいことを見つけられるかは、親の準備にかかってる。子どもが興味をもつことと、行き先で見つけられることをどういうふうに結びつけるか、みたいな。事前におもしろい映画をいっしょに観たり、絵本を読んでイメージを膨らませたりもする。現地で子どもを見つけたら、自分とどんなところが同じで、どういうところが違うか、考えたりする。自分だって自分のやりたいことをするのに必死だから、その間に子どもには子どもで何かに夢中になっていてもらうために頑張ってる。そしてこの過程はけっこう楽しい。好きなことも同様で、子どもが何かに興味を持ったらどんどんけしかけていく。本を買ったり、DVDを借りたり、ネットで調べたり、まわりの人に話すようにしむけたり(他にも興味を持ってる人がいるかもしれないから)。

    私は異常に忘れ物をするし、時間通りとか計画通りに何かをすることが心底苦手だ。そういう母親をいつも見ていて、そのせいで自分も危ないと感じることが多かったからなのか、子どもは慎重だし、前もっていろいろ声かけをしてくれる。それもまた本当にありがたい。

    「子どもは旅行がモチベーションになって、ほかの言語に興味を持ったりする?」とときどき聞かれるけど、それは今のところ全然ない。そんなにうまくいかない。たぶん、そこまでの必要性を感じていないんだろう。子ども同士なら言葉が通じなくても遊べるし、自分が言いたいことは私に言ってもらえばいいと思ってる。自分で伝えなさい、というとじゃあいい、と言う。そこまでして伝えたいことじゃないんだと思う。そこまでしても伝えたいことがあるとき、言葉に興味をもつのかもしれない。

    いっしょに旅行して楽しい人は、人生のだいたいの時期においていっしょにいて楽しいので、いい感じに育ってくれていてうれしい。引き続き、こんな感じで大きくなってほしいなあ。そして私も、子どもにとっていっしょに旅行して楽しい人になりたいと思う。


    posted by リョーコ at 07:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2016年08月28日

    ダイアログ・イン・ザ・ダーク@7歳10ヶ月

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    夏休み期間中は小学生500円だったので

    小2の長男とダイアログ・イン・ザ・ダークに行った。未就学児は入場できないので、次男はおるすばん。長男とふたりで出かけるのは久しぶりで、それだけでちょっとわくわくする。

    暗闇の中を8人組のグループで、視覚障碍のある方にアテンドしてもらいながら歩く90分間の体験。初めて白杖を持った。私たちは時間を間違えて(いつもそんなことばかりしている)、30分遅れで中に入った。同じグループのメンバーとの初対面が暗闇で、顔も年齢もわからない。他のメンバーはすでにすごく意気投合していて、テンションが高かった。途中からなじめるかな、と一瞬思った。

    暗闇では、歩いたり、座ったり、寝そべったり、飲んだり、食べたり、いろいろする。でも見えないから、すごく声をかけあって行動する。アテンドしてくれた方は、私たちが途中参加なことに気遣って、とりわけ息子にはよく声をかけてくれた。暗闇は最初はすごく不便だと思った。しかも、情報が減っただけでおもしろくないなと。

    でも、終わるころには全然違うことを思っていた。文字通り見知らぬ人なのに、お互い困ってることがありそうだと思うと、先回りして声をかけるのがだんだん普通になっていく。距離が近いのも、不快に感じない。視覚以外の感覚が自分には結構備わってるんだなあとも思った。息子は最初は私から離れなくて、私の気配が近くからなくなるとすぐ探してたけど、慣れてくると先導したり、それで感謝されたりするようになって、ひとりでも前を歩けるようになった。

    体験はものすごく短く感じた。遅刻して60分間しか体験していないけど、もっとずっと短く15分くらいしか経ってない気がした。周りが明るくなって他の人の姿が見えると、安心したというより、少し距離が遠くなったような気がした。少しさみしかった。顔が見えなくても、会話があれば不安はない。まわりに人がたくさんいても、何を考えてるかわからなかったらひたすら怖い。漠然と不安を感じるときに、どうしたらいいか、少しわかった気がする。

    かわいそうではない

    目が見えるようになったことを意識しながら電車に乗ると、私はふだん別に知りたくもないことを延々と目から取り入れてることが多いなあと思った。もっと目が喜ぶものを見たい。

    街の中で白い杖を持った人を見かけたら、大変そうだな、何か手伝えることはないかな、と思っていた。でも、実は私が思っているほど、そういう人たちは私が想像していたような、道を教えるとか手を引くとか、そういう助けは求めていないのかもしれない。視覚以外のことでわかることはたくさんあるし、そういう感覚を鋭く保っている人たちには豊かな世界があるのだと想像できた。暗闇の中でアテンドしてくれた視覚障碍者の方はとても頼もしかった。

    でも、まわりの人と会話できたら、安心だろうなとは思った。それは目の見えない人に限った話ではない。

    子どもと感想を語り合う

    帰り道、息子と感想を話しながら歩いていた。全然違う感じ方をしたところもあった。私もいろいろ思うところがあったけど、感想を押し付けないようにということだけ気をつけた。点字ブロックや、視覚障碍のある人用の信号や、券売機の点字を見つけながら歩いた。

    息子が、耳の聞こえない友だちと話す時にしていることを教えてくれた。口を大きく開けてしゃべる。ちょっとやりかたを変えるだけで、相手に伝わりやすくなる。伝えることをあきらめる必要はない。自分が気付いていないだけで、ほかの人は私に対して伝わりやすい工夫をしてくれているかもしれない。いろいろお互いさまなんだと思う。

    お互いさまなんだと思わないと生きづらいので、せめて自分のできる他人に伝わりやすくするための工夫はしたい。それをしていれば、自分を許せる幅も広がるから。だから誰かのためにやってるわけじゃなくて、結局自分のためなんだと思う。
    posted by リョーコ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする