人気記事

    2013年08月03日

    妻が不機嫌な理由

    先日、私は夫に
    「今日のミートソース、トマトの味が薄いね」と言われて
    突然怒りが沸点に達するのを感じた。

    自分は明らかに不機嫌になっているし、
    その直接の原因はわかるのに、
    そんなささいなことでなぜこんなに腹が立つのかわからないし、
    家族がそろっている時間を不機嫌に過ごすことの
    もったいなさも感じている。
    でも怒りを止められなかった。

    それでこの記事を読んで、
    自分の怒りの理由が腑に落ちた。

    妻の不機嫌ループ 〜困惑する夫たちに捧ぐ〜
    http://mamapicks.jp/archives/52122494.html

    赤ちゃんの世話に手一杯で
    自分の思うことは全然できないし、
    かといって何もやらないと自分がものすごく
    ダメな人間だと見せつけられたような気になる。

    赤ちゃんが眠っているすきに、
    赤ちゃんを片手で抱きながら、
    細切れに家事をこなそうとするけど
    それが通常時よりうまくいかなくて
    それを指摘されると、この苦労を差し引いて
    家事の評価をしてくれ、と思う。

    赤ちゃんの世話というのは
    常に両手はふさがってるし、
    頭のどこかで24時間気にしている。
    夜中の眠りも浅くなった。

    でも、それに全エネルギーを使ってクタクタ、
    という類のものでは、私にとってはない。
    手はふさがってるけど、頭の中は手持ち無沙汰な感じ。

    だから、思うようにやりたいことが進められない自分を
    本当にできないの?と疑ってる自分がいる。

    他人に本当にできないの?と聞かれると
    痛いところを突かれた気がしてしまうし、
    誰より近い存在の夫に言われると、
    その痛さから反撃してしまう。

    怒りの原因はまわりの状況じゃなくて自分の中にあるので、
    夫に家事をやってもらう、というのは解決法にはならない。
    作業量を減らしたいわけじゃなくて、
    自分の無力感から抜け出したいんだと思う。

    自分は自らの意思で行動できるってことを
    確かめたいんだと思う。

    じゃあ夫にはどうしてほしいのか?を考えると、
    不機嫌を受け止めつつ、理不尽すぎるときは突き放して
    こうやって自分を振り返る機会をください、
    というのは求め過ぎでしょうか。

    posted by リョーコ at 00:34| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2011年02月05日

    結婚について

    恋愛で相手のことが好きなのと
    家庭を運営する上でお互いを補いあってくのって
    全然違うのにそれを兼ねて(経て?)
    うまくやってくのって超奇跡なことだとおもうのですよ

    だから、
    つきあってるときはすごいうまくいってても
    生活を共にするとしっくりいかない とか
    愛情と同じくらい憎まれてたりしても
    それくらい全然ちがうから、いざ生活してみると
    お互い補い合えたり(我が家) とか
    やってみないとわかんない
    出たとこ勝負みたいなとこもけっこうあって
    そう考えると結婚て全然安定じゃないし、
    お見合い結婚って実は理にかなったシステムなんだなーって
    おもったりします

    当たり前とおもってたことが
    案外すごい奇跡
    ってままありますよね

    RIMG0893.jpg
    どーーーん
    posted by リョーコ at 17:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2010年10月07日

    働くってこと

    保育料と給料を天秤にかけると
    保育料のほうが高いから、働くのをためらう、
    夫に働きたいっていうのをためらうっていう話をよく聞く。
    同じことで悩んでる友達を何人も知ってる。

    でもさ、保育料って認可の場合は世帯収入で計算するでしょ。
    それってシングルじゃない場合は、夫婦2人ぶんの収入ってことでしょ。
    それを基準にした保育料をひとりでまかなえないなんて
    当たり前だとおもう。

    2人で収入のほうを分担しあうなら、
    家事育児のほうも分担しないと当然無理。
    妻だけの給料で保育料をまかなえないのは
    全然その人のせいじゃないよと言いたくなる。



    自分が手や足や頭を働かせて、
    それで誰かのなにかしらの役に立って、
    その対価としてお金をもらって、
    それで食べていくっていうサイクルが私はとても好き。
    生きてるなーって感じがする。

    「はたらく」は
    傍を楽にするって意味っていう言葉も好き。

    うちは夫に安定した収入がないから
    私は家族を養うために働くって大義があって、
    人からは大変だねーとか言われるけど
    でもそのおかげで働くことをとやかく言われないので、
    けっこういいな、って実はおもってる。

    (でもそんなこと言ってられるのは
    職場に恵まれてるのと、夫が家と子どものことを
    すごくしっかりしてくれて安心して任せられるから)

    そうおもうくらい、
    働くことにとやかく言われる話をよく聞くわけだけど
    でもそれでやめるのはもったいないとおもうくらい
    働くのは面白い。
    posted by リョーコ at 23:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2010年03月19日

    ポジティブとバランスを取る作業

    しんどいな。
    帰ってきたら夫も子どもも寝てました。

    子どもはふしあわせではないか
    夫は本当に働きたいのか
    自分にはなにができるのかというかできないのか
    不安なのとふがいないのと不信なのとで
    胸がずきずきする。

    自分ががんばればなんとかなることばかりじゃない。
    他人を動かすことはできない。

    生活をともにすることで
    享受できてる喜びもあるんだから、
    生活をともにすることで被る
    ネガティブな感情も当然のことなんだろうな。。。
    ってわかってるけど流すのがにがて。

    あ、子どもが泣いてる。

    posted by リョーコ at 22:53| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2010年03月11日

    軸がブレる

    NECワーキングマザーサミットが、
    大盛況のうちに終わったようです。
    (マドレボニータのブログでの報告はこちら
    あとから聞けば聞くほど、すばらしいイベントだったようで
    伝聞で泣けたりしてました。

    私は、仕事で行けませんでした。
    でも、ちゃんと復職できて
    それで行けなかったならよかった、ともおもいました。



    夫は相変わらず求職活動をしています。
    先月、「なんでずっと家にいるのにごはん作ってくれないの!?
    なんで仕事で疲れて帰ってきた私がごはん作るの!?うわーん」
    みたいになった時期があって、
    (そもそも料理好きだからごはんは自分が作る、と立候補したくせに)
    そうしたら、夫が毎日ごはんを作ってくれるようになりました。

    家でごはんを作って待っててくれる人がいるとおもうと、
    多少遅くなっても平気かな、って気持ちが出てきて
    つい残業しちゃったりして、帰ると息子はもう寝てたりして。

    息子は「先生」って言えるようになったけど、
    ママって言わなくなって私のこともパパって呼びます。
    はーーー寂しい。って世の父親たちと同じ悩みだ。

    まーいっか。
    仕事楽しいし。

    とか、考えて
    あれ?なんかちょっと自分の軸がブレてる、、、
    と気付いたり。
    これじゃ男女の役割が交代しただけじゃん。
    でも、時期によって交代していけばトントンなのか?

    とか、相変わらず全力で模索中。
    どっちを選んでも「こっちでよかったのかな?」とおもっちゃう。
    だったら、選んだほうに最善を尽くすしかない、んだろうな。

    もう1つおもうのは、
    世の父親たちは遅くまで働いてるよなってこと。
    子どもがいたら早く会いたいのは、男女差があるとはおもえないんだけどな。
    posted by リョーコ at 06:14| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2009年11月13日

    夫と失業と私

    何度かこのブログでも触れていますが、
    先月から夫が失業しています。
    有給消化で休んでいた時期を含めると、
    もう2ヶ月半くらい、仕事をしていません。
    契約満了、というかたちで職を失いました。

    最初は「旅行に行ける!」とおもって本当に行って、
    それはもう本当におもしろかったです。
    で、「主夫になる?」というのも最初から
    視野に(私は)入れていたことでした。
    でもことわられた。わかる気はする。

    はたらくことって、お金を稼ぐことだけじゃなくて
    社会とつながることだからさ。
    それがなくなるのはつらい、ということでした。

    児童館でも保健所でも母親同士は固まってても
    父親はいたとしてもひとりのことが多くてぽつんとしてるし。
    父親が「子どもを核とした社会」だけで生きていくのは
    母親とちがうよな、ともおもっていました。
    (私は母親だけど、私もそれのみにはなれない)

    それで今仕事を探してるんだけど、
    私から見るともどかしいな、とおもうこともたくさんあります。
    もっとがつがつ、パキパキやればいいのに、とおもってしまう。
    そのまま口に出して険悪になったり。

    私よりも優れたところがたくさんあるのに、
    それを表現するのがうまくない。
    たいした能力もないのに表現するだけで糊口をしのぐ私には
    もう、本当にもったいないとおもえてしかたない。
    そして、仕事観とかもっといえば人生観みたいなものに
    親や家族の影響をものすごく感じるのです。
    私たちは2人でいるととても楽しいけど、
    全然ちがう文化で育ってきたまったく別の人間なんだと。

    夫が仕事が楽しいとおもえる職場を見つけられるといいな
    と心底おもっているのですが、
    今夫が時間が自由になることで私がとても救われている部分もあって。

    職場復帰して一日も休まず会社に行けるのは、
    全面的に夫のおかげです。
    この半月、息子は体調をくずしまくって、
    保育園も行ったり行けなかったり、
    病院もしょっちゅう行ってたし、薬ものませなきゃいけないし。
    (保育園では原則薬はのませてもらえない)
    ぜーんぶ夫がやってくれてます。
    私がしてる家事は買い物と食事のしたくくらいで、
    ほかの家事も全部してもらっています。

    夫が働いてて、私が休暇中のときを考えれば
    家事は全部私がしてたし、息子は四六時中一緒にいたし、
    しかもお弁当まで作ってたし、でも家にお金は入れてたし!
    とおもうこともなくはないのですが(笑)
    でも、やっぱり今の状況にすごく感謝しています。
    だから、今の自分を「ワーキングマザー」なんていっていいのか?とおもう。
    まあたしかに働いてるし母だけどさー

    最近とてもおもうのが
    結婚しなければ、見えなかったもの、考えなかったことがたくさんあるということ。
    似た環境や、自分と近い性格の人とばかり付き合ってただろうなってこと。
    相手のことを人生をかけて理解してくってのを前提にいろいろ考えるから
    今までとは本気度がちがうし、目に入るものも変わってくる。

    うまく言えないけど、
    生きてるなーって感じがする。
    子どもをもったことでも人生の幅が広がったけど、
    結婚でも間違いなく広がってる。
    幅の広い人生をいきたいです。

    今読んでる本のうちのひとつ。

    どんとこい、貧困! (よりみちパン!セ)

    どんとこい、貧困! (よりみちパン!セ)

    • 作者: 湯浅 誠
    • 出版社/メーカー: 理論社
    • 発売日: 2009/06/25
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)



    こんな本も今までは全然興味なかったよ。
    先頭きって「自己責任!」って言う側のひとだったもん。

    posted by リョーコ at 05:55| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2009年11月10日

    遊牧民のように生きたい

    最近のテーマです。

    いろんな場所に行きたいし、
    家族となるべく過ごしたい。

    一所に縛られることなく、
    はたらくためにはどういう選択肢があるのか。

    といいつつ、
    朝定時に出社しておもうのは(定時に出社する人のいない職場です)
    こんなに静かで集中できる空間は家には絶対ない
    ということです。

    家にいたら家事か子どもか両方かその他で
    とてもじゃないけど自分のことだけこんなにできないす。

    さて、そろそろ朝の準備をするですよ。
    posted by リョーコ at 07:32| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2009年10月24日

    つぶやき

    こんなときだからこそ、
    守りに入ってたら先はないとおもうんだけどなー

    子どもがいるからこそ、
    おもしろく生きてる後ろ姿を見せなきゃとおもうんだけどなー


    ま いいや!

    共感を呼べぬのはいつものこと!


    posted by リョーコ at 01:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2009年07月02日

    わかってる

    かわいいときに離れるのがつらいであろうこと

    親と長時間はなれるのが子どもにとって負担になること

    子どもの成長を見ていたくないわけないじゃん。

    はぁあああ〜

    働くための正当な理由はあるけど
    でもそれでも胸がうずくのは罪悪感?
    なんだろ?

    別に自分のことを正しいと認めてほしいわけじゃない
    けど、そういう人もいるんだなってことでいいんじゃないか?
    社会に出たらそんなことばっかりじゃないか?

    なにも始めてない状態だから
    不毛に悩むんだろうな。

    わかってます。
    posted by リョーコ at 01:34| 東京 🌁| Comment(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2009年05月12日

    お別れの日

    中高時代の塾の先生が亡くなった。
    高校を卒業してからお会いしていなかったので、
    もう8年ちかく会っていなかったことになる。
    なのに病気を知ってとてもショックだった。

    会っていなくても、
    この世のどこかに存在していると
    わかってるだけで自分を支えてくれる人のなんと多いことか。
    そんな1人だったように思う。

    がんが見つかってから、
    7ヶ月で息を引き取られた。
    お子さんは中学生になったばかりだった。

    先生の好きなクラシックが流れていて、
    たくさんの教え子たちが雨に濡れるのも気にせず、
    静かに遺影に見入っていた。
    包むようなやさしい雨だった。

    もし自分が、あと3ヶ月の命だといわれたら
    なにを思うかどうするかということを考えながら、
    帰り道を歩いた。
    最初に思ったのは、息子と会ったあとで良かったなということだ。
    別れるのはつらいし、残されるのもつらいけど、
    会えなかったことに比べればずっと幸せだ。

    その日の午後、久しぶりに塾の周りを歩いた。
    先生が板書するときのリズムと文字を思い出した。
    とても心地いいものだった。

    帰り道、つぼみがたくさんついたダリアを買った。
    雨がつよい午後だった。

    posted by リョーコ at 07:42| 東京 🌁| Comment(0) | 内面の吐露 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする