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    2015年02月01日

    「母マイプロ」に参加した話

    近所で「母マイプロ」という集いがある

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    近所に住む友人の竹林真理奈ちゃんが「母マイプロ」というイベントを、自宅で定期的に開催している。

    母となった女性たちが、自分自身がやりたいプロジェクトをみんなの前で話して、そのフィードバックをもらう場。そこに集まる人は世代も職業も違うけど、面白いことを考えていて、ものごとへの向き合い方に共感することも多くて、参加するのが楽しみ。

    母マイプロ

    *コンセプト*
    子どもができて改めて見つめ直した今、価値とおもうもの、やってみたいこと。24時間休みなしの子育て生活に埋もれないよう、社会の荒波に屈しないよう、それぞれの”マイプロジェクト”をみんなで育んでいきます。参加者もみんな子をもつ”母”。20代〜40代と異世代の母コミュニティだからこそ、解決できる問題がある。みんなの知恵とスキルを持ち寄り、マイプロを大きく育てます。
    
    *活動内容*
    3ヶ月に1回、杉並区西荻窪にて新メンバーのマイプロジェクト共有と過去発表メンバーのマイプロジェクトの進捗共有を行っています。
    


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    今回はNPO法人マドレボニータのインストラクターの吉田紫磨子さんと、料理教室を主催している石谷千佳子さんがスピーカーで、自身のやりたいこと、社会に対してはたらきかけていきたいことを語っていた。そしてこういうことを話すにあたっては、自分がどういう背景で育ってきて、なぜそう考えるようになったのか、という話も含まれてきて、私はそれがとても興味深かった。

    ひとりで悶々と考えてると行き詰まるし、じゃあ国を公を変えないと、みたいな話になると小市民な自分にできることあるの?そしてそれっていつ変わるの?みたいになる。自分の目と手が届く範囲で、自分の力で出来ることを考えてやっていくのが、健全だなあと。そしてそういうことって気をつけて見ればわりとある。それを誰かと一緒に考えたりやってみたりするのは、楽しい(どんなに意義があっても、楽しくないことはやりたくないし続けられない)。


    なんだろうこのわくわくは

    こういう話をネットじゃなくて膝をつきあわせてできるというのが嬉しいし、そういう友人が近所にたくさんいると思うと、ここで子育てするのが安心だし楽しいって感じるのにもつながる。だからこういう場を用意してくれて、どんなに忙しくてもちゃんと続けている真理奈ちゃんには心からありがとう、と思っている。

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    みんなとてもオープンで、考えてることやそれに対する熱なんかを、隠さず話すのが私は心地いいなと思う。それができるのは、そう言っても拒絶されることはなさそうな懐の深い雰囲気があるから。さらにそれはなんでかなと考えると、ひとつは集まっている人の世代が幅広くて、子どもの年齢も幅広いということ、もうひとつは主催の真理奈ちゃんの素直な人柄なんだと思う。人に心を開いてほしければ、まず自分がそう接するべきで、でもこれ考え過ぎると超むずかしい!だから、そういうことを自然にできる人に接すると、心がほどける感じがする。

    子どもを育てていると地域と関わることも多くて、「良い」地域に住みたいなと漠然と思ったりする。でも、場所の良さって住んでいる人によってできていて、自分だってそれを構成するパーツだ。だからまず自分が、こんな人が地域にいたらいいなあと思う人になりたい。

    私が産後クラスでとてもお世話になった紫磨子さんのマイプロのひとつ。とても共感。
    男性の育休取得より1年間の定時退社をめざして

    千佳子さんのお料理教室。近々参加するー。たのしみ。
    souzou kitchen

    最近読んでおもしろかった本。自宅をほかの人に開いてく、ということについて面白いなと興味をもった。でも、本で読むより実際やってる場所に行くほうがずっと楽しいし、いろんなことがわかる。

    住み開き―家から始めるコミュニティ -
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    posted by リョーコ at 16:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2014年03月06日

    マドレボニータの産後プログラム指導法集中講座2daysを受講した話

    5年越しの思いを実らせ参加(暑苦しい)

    NPO法人マドレボニータの
    産後プログラム指導法集中講座2daysを受講した。

    受講した理由は、3つある。
    ひとつめはマドレボニータで出会う人が魅力的で
    言葉が通じやすい人が多いと常々思っていて、
    そういうコミュニティの核になるプログラムは
    どう作られているのかにとても興味があったから。

    ふたつめはマドレボニータには事務所がなく、
    インストラクターは個人事業主で
    事務局スタッフも在宅&テレワークで仕事をしていて、
    子どもがいても、夫が転勤になっても
    それぞれの場所やペースで働いているということを
    うらやましいと思っていて、自分の働き方にも
    なにかヒントになることがあるんじゃないかと思ったから。

    みっつめは今の自分の人生にある問題に立ち向かうためには
    体力と心身のメンテナンスが急務かつ重要なことで
    体へ意識を向かわせるきっかけがほしかったから。

    5年前から興味があったけど、
    指導者を目指してるわけじゃないから場違いかなーとか
    平日まるごと2日続けて仕事休めないしなーとか
    託児の手配がめんどくさいしなーとか
    いろいろ言い訳して行けなかった。
    やらないことの言い訳っていくらでもあるもんだな。

    でも、前回の集中講座の実況をTwitterで見て
    今行かなきゃ!と思い立ち、
    勢いで申し込んだ。


    事前課題を前にして

    申し込むと講座の詳細がメールできた。
    時間もエネルギーもわりとかかることだったけど、
    物事をやるためのきっかけを人に設定してもらって
    さらにそれを人に見てもらえる贅沢な機会なんて
    大人になってからそうそうないと思って、
    それを味わいながら取り組んだ。

    学生のころって、実はすごく贅沢だったんだなと思う。
    自分がそうだったときは、まるで気がつかなかった。

    自分が学びたいことのために
    お金と時間を費やして、
    家族にも協力してもらって、
    それで何も持ち帰れなかったってわけに行かないなと。


    産後クラスについて学ぶ

    私は、最初の出産後に1回、
    2回目の出産ではにんぷクラスと産後クラスに1回ずつ参加した。
    それで集中講座では、そのプログラムがひも解いていかれるんだけど、
    そのひとつひとつが実際クラスに参加したときに
    印象に残ってる部分だった。

    必ずしもポジティブな印象への残り方じゃなくて
    「具体的に何回なのか教えてほしい」とか
    「もう時間ギリギリなのにまだやるの?」とか
    疑問に感じた部分も多かった。
    でも、それも確信犯的だったんだと気付いて
    そのたび、ひーーーと思った。

    妊婦や産後で、意識が朦朧(!)としていても忘れない
    引っかかるようなフックの作り方で、
    インパクトを残すということの
    一筋縄ではいかない感じを思い知った。


    依存させないということ

    印象に残った話がいくつもある。
    その印象に残る場所は、聞く人によって違うと思う。
    私が今回とてもインパクトを受けた部分をいくつか書きたい。

    産後クラスは、参加した人ならわかると思うんだけど
    産後の身にとってとても居心地のいい場所だ。
    受け入れられてる感(これも入念に準備されてる)があるし、
    自分と状況が似ていて、求めるものが近い人が集まってるし、
    クラスに参加するごとに体力が回復するのを実感できる。

    でもここが終着点ではなく、
    その先に自分で進むためのエネルギーを得る場所だから、
    いつまでもクラスに依存しないように、
    仕組みを整えているというのにガツーンときた。

    だって、個人事業主だったらリピートする人が多いほうが
    利益も安定するし、そっちを取りたくなっちゃわないかな?と。
    目先の利益より、ビジョンを優先させることを
    気持ちだけではなく、仕組みとして作っていることに
    衝撃を受けた。

    そして、気付かないうちにハマりがちな依存についても考えた。
    依存をおそれるあまり、私は常に引いて冷めてる部分がある気がする。

    依存と熱狂的な愛情との線引きとして、
    その気持ちを自分の言葉で説明できるか
    っていうのをめやすにしてるんだけど、
    言葉への瞬発力が落ちてるときはなかなかそれができず
    愛情にタイムラグができちゃうこともしばしばだ。

    マドレボニータへの共感を最初に素直に言葉にできたのは、
    クラスに参加して体力が勢い良く回復していたからこそだったと思う。
    そう考えると、すべてつながっていることに気付いて驚く。


    言葉を大切にする

    私が最初にマドレボニータを知ったのは
    最初に妊娠中に出産本を読みあさっていたときに
    吉岡マコ先生の本を読んで、
    こんな考え方や言葉を持っている人が提案する運動なら
    してみたいなと思ったことからだった。
    それまで運動は好きじゃなかったし、苦手意識もあった。

    クラスの中で使われる言葉にも
    よく使われる類語ではなくて、
    それでなくてはいけない理由がいくつもあって、
    それが「マドレボニータらしさ」を作っている。

    それに惹かれる人が集まるから
    言葉に対する優先順位の置き方が近い人が集まるから、
    「言葉が通じやすい」と感じるコミュニティになるのかな
    と思った。

    だからこそ、居心地が悪いと感じるときもあるんだとも。
    私は、自分以外のことに手一杯になってるときとか、
    自分の言葉と行動にまったく自信がないとき、
    マドレボニータのコミュニティが居心地が悪いと感じる。

    マコ先生の「言葉の陳腐さに敏感に反応する」
    という言葉にどきっとした。
    だからここにはいられない、みたいな気持ちを思い出した。


    消費者に成り下がらせない

    母になった女性に対して
    享受するだけの存在という思い込みが
    社会にもあるし、その女性たち自身にもある。
    その思い込みを止めるために、主体的に生み出すという話にも
    内臓をつかまれるような気持ちになった。

    抵抗を感じつつも、楽なほうに流されて
    その思い込みに乗っかってた部分を自覚したから。

    でも、人にお金を払わないと
    何かを得られないという思い込みは
    すごく怖いし、むなしい。
    そうじゃないよなと思いつつも、
    ひとりだけでそれを信じるのは難しいとも思う。

    だからそれへの抵抗として「場」を作るというのは、
    本当に理にかなっているし、ありがとうございます...と
    心の中で感謝を述べまくっていた。


    自分の快適さへの貪欲さが足りない

    肩こりとか、みんな受け入れ過ぎでしょって話。
    そのメンテナンスも他人にゆだねて、
    自分でどうにかできると思っていることの範囲が狭すぎる。

    自分の体の快適さへのジャッジは自分しか出来ない。
    だからこそ、自分でコントロールできないと
    生きるのがしんどい(大げさ?)。

    まずはもっと快適にっていう貪欲さを持ち続けたいし、
    次にそれを自分でコントロールするためのスキルに
    磨きをかけたい。
    これは心身ともに言えること。


    働き方へのかかわりかた

    すごく新しいことをどんどん実践してるマドレボニータも、
    いつも間違わずに何かを選んでるわけではなくて、
    問題に出くわすたびに正面から向かって
    その都度立ち止まって考えてるんだなと思った。
    それが難しいんだけど。

    だから、新しいことができないっていうのは
    問題にちゃんと向き合っていないか、
    問題を正しく認識できていないか、
    どうなってほしいかを正確にイメージできてないか
    どれかなんだと思う。
    でも、どれも認めたくなくて結局
    やっぱりできない、だけで終わらせてる。
    思考停止ってやつ。

    集中講座には、答えはこれです
    って明確に示されない問題もいっぱいある。
    (大人になればだいたいのものごとはそうだよね)
    でも、答えを探さずにはいられない、
    かきたてられずにはいられない、
    そういう要素がちりばめられている。

    アシスタントだった高橋葉子先生が
    「かき立てられなくなった時が辞める時」って言ってたのが
    腹にどすんときた。


    人に伝えるということ

    文章を朗読したり、
    実際に前に出て教えるシミュレーションをしたりもした。
    それをして思ったことは、人に何かを伝えるなら
    伝える側の人はその何倍もそのことを
    理解して、整理していないと
    相手を納得させられないということ。

    そしてそれをするためには
    日頃からものごとを言語化する瞬発力が必要で、
    それにはひたすら訓練を重ねるしかないなと。

    でも、うまく伝えられるようになるまで黙っておこう
    だと、いつまで経っても全然伝えられるようにならない。
    だから、拙くても整理されてなくても
    耳を傾けてくれる人たちの存在が必要なんだと思う。
    そういう人と出会うための場所としての
    産後クラスの役割にも気がついた。


    後味はどすんとした感じ

    ヘビーだった。
    充実感、みたいなすっきりした言葉とも違う。
    まだ消化できてない部分が多くて、
    でも、これから考えたいことへの
    問いの立て方はおぼろげながら見えてきた気がする。

    「清濁合わせのんだ美しさ」っていう言葉を
    マドレボニータではよく使う。
    私はまだまだ「濁」の部分への掘り下げ方が甘かった。
    同時に「清」の部分もまだ本当には
    味わえていないのかもしれない。
    この世には、まだまだ知りたいことが多すぎる。

    posted by リョーコ at 09:47| シンガポール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年09月08日

    Madre Bonita DAY2013に行ってきた

    9月7日に六本木d-laboで行われた
    Madre Bonita DAY2013に参加してきた。

    ゲストがまついなつきさんと窪美澄さんで、
    そのおふたりとマドレボニータの代表の吉岡マコさんの
    ツイッターでのやりとりが面白くて
    これはぜひ生で見たい!と思った。

    窪さんの作品を薦めてくれて
    新作が出たらいっしょに読んであーだこーだ話し合ってる夫に
    イベントのことをLINEしたら、即レスでいっしょに行くことになった。


    マドレボニータって?

    広く一般市民に対して、産後ケアの重要性を啓蒙するとともに、産前・産後の女性に向けた、産前・産後のボディケア&フィットネスプログラムを開発・研究・普及し、プログラム提供者の養成を行うことで、母となった女性が子育ての導入期を健やかに過ごし、子どもの健全な育成、虐待の予防、夫婦不和の予防、地域の活性化、女性の再チャレンジとエンパワメント、少子化への歯止めに寄与することを活動の目的とする。

    http://www.madrebonita.com/

    私は約5年前にマドレボニータに出会った。
    第1子の妊娠中に吉岡マコさんの書籍でマドレボニータを知り、
    産後3か月でクラスに参加。
    その後、正会員になり、
    第1期のワーキングマザーサロンのファシリテーターとなり、
    第2子のときは妊娠中からにんぷクラスに参加し、
    子どもに命名するより前に産後クラスにも申し込んだ。

    今は賛助会員になって細々と応援しつつ、
    まわりで妊娠した人にはおすすめして、
    産後白書を配り、なるべく多くの人に知ってほしいなーと思ってる。

    私がものすごくマドレボニータに心が奪われたのは、
    活動の意義もそうだけど、
    関わっている人が魅力的で面白い人ばかりだったというのが大きい。
    子どもを産んでからも、こんなに面白い人たちと会える場所があるんだ
    というのがカルチャーショックだった。

    そして、NPO法人というものを身近に感じたのも初めてで、
    社会を動かすって公務員や政治家だけの仕事じゃないんだ
    というのも新しい発見だった。

    それでMadre Bonita DAYというのは、
    そんなマドレボニータをもっとよく知るためのイベント。
    70名の参加者のうち、男性の参加者は夫のみでちょっと驚いた。


    宗教っぽくてもいいんじゃないか

    イベントは、3つの「マドレdisりあるある」に
    まついさんと窪さんがツッコんでいく形式で進行された。
    それは、
    @マドレのクラスに参加できるのは「勝ち組」だけ
    Aマドレはなんだか宗教っぽい
    B生後210日以上は単身で参加が義務づけられていて、母子分離を促している
    というもの。

    私がいちばんぐっときたのは、Aのときに
    宗教っぽくすがれるものが、育児をする上で
    心が必要とするときがあるんだから
    そう言われても気にしなくていいんじゃない、って言葉。

    最初の産休育休から復職して、
    子どもを産む前からの友人や知人にマドレボニータを紹介するとき、
    自分のチャンネルが今までと変わってるのを感じて
    気恥ずかしくなったりすることがあった。
    それは育児をする上で求めてるものが、それまでと違ってたんだなあと。

    私はマドレボニータを、まわりの産後女性に薦めるとき、
    「救われた」という言葉をよく使っていた。
    それは嘘偽りない言葉だけど、産後のしんどさに関心がない人からしたら
    若干引く言葉だったかもしれない。
    でも、現在進行形でしんどい人には、響く言葉だとも思ってる。

    わかる人だけわかればいい、とか
    今必要としてる人にとりあえず届けばいい、って言うのは簡単だけど
    必要としていることを自覚することすらできない人もいて、
    そういう人にこそ届けないとと思う。

    そうしたらやっぱり、自分がどう思われるかとか
    宗教っぽいと思われやしないか、とかに心を砕くんじゃなくて
    率直にいいと思ったことを口にするしかない。

    人にどう思われてるかを気にして思ったことを言わないなんて、
    人生の短さをなめてるのかもしれないって最近よく思う。


    窪美澄さんが作家になった理由

    質疑応答の中で、窪さんが作家になった理由をお話しされていて、
    それにとてもぐっときてしまった。

    作家になる前、ライターをされていた窪さんが
    ページを作る中で拾いきれない、こぼれていくものを
    そのままにしないために小説を書いたと言っていた。

    だから、ぎくっとしたり、はっとしたり
    そのことを書いてくれてありがとう、という気持ちになれる
    作品が書けるんだなと思った。

    私は雑誌を編集する仕事をしている。
    取材して集めたものを、わかりやすく、伝わりやすく、削ってるうちに
    ものすごく大事なものを今捨てた?っていう気分になることが
    しょっちゅうある。

    スペースにも時間にも限りがあるから、仕事としては致し方ないし、
    自分が編集者として精進するほかないけど、
    その削った、こぼれた部分にも大事なものがあることは忘れたくない。
    自分の好きな人に大事なことを伝えるときは
    わかりやすさを言い訳に簡略化しすぎてはいけない。


    終了後、夫と話し合った

    イベントが終わってから、
    夫とパスタやつけ麺やおこわを食べながら話し合った。(3軒はしごした)
    なかなか大人だけで、じっくり話せる機会がないので
    会話がはずんでしまった。

    こうして、自分の思ったことをわーっと言える相手が
    身近にいるというのは幸せなことだし、
    何か物事があったとき、それについて考えを聞きたいと思える相手が
    身近にいるというのも幸せなことだな、と思った。

    マドレボニータの何に魅了されていて、
    なぜ必要だと思うのかを夫に説明できてから、
    すごく楽になった。
    何がつらくて、どういう支えを必要としていて、
    どんなコミュニティの中で生きていきたいかを説明できたから。

    自分で100%言えなくても、
    こういうイベントがあると説明しやすくていいなー。
    posted by リョーコ at 01:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年08月18日

    父の三回忌を終えて

    父が亡くなって、丸2年が経とうとしている。
    誇張ではなく忘れた日は1日もないし、
    家族といると「お父さんだったらこう言いそうだよね」
    みたいな話もしょっちゅうしてる。

    でも、亡くなった当初に感じてたような
    まだ生きてるような気がする感覚はないし、
    そういうのが風化していくのが悲しい
    っていう感覚も薄くなった。
    時間が楽にしてくれるっていうのは、こういうことなんだな。

    逆にどんどん濃くなるのが、
    あのときに感じた強い気持ちを糧に
    行動を起こせていないんじゃないかという焦り。

    いつ死んでもおかしくないんだから
    やりたいことを早くやらなきゃと
    強く思ったはずなのに、
    結局先延ばしにしていることが多くて
    当時と変わらない現実に気づくたび
    心が重くなる。

    ふたりめの子どもを産んだとき、
    その気持ちが少し軽くなった。
    すごくやりたかったことのひとつを遂げて、
    自分の世界が変わったから。

    三回忌に次男を連れて行って、
    この子はお父さんのことを知らないんだ
    とふと思ったら、悲しいけど
    これが先に進むってことなのかもと思った。

    その人が生きてた時の記憶がある人がいるうちは、
    その人はまだ生きてる、の逆バージョンに
    初めて気がついた。
    同時に、自分の中では一生変わらずに
    生きるものの存在も確認できた。

    自分より圧倒的にあたらしい人と
    絶対変われない自分の中のある部分を
    両方大事にしたい。
    相反するようでいて、
    そのふたつはつながっている。

    2年前に書いた文章。
    あんまり変わってないな。
    http://kodomototabi.seesaa.net/article/226116759.html
    posted by リョーコ at 17:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年07月10日

    吉祥寺コットンフィールドが閉店になるのが心底悲しい

    2013年7月15日で
    吉祥寺の手芸材料店コットンフィールドのPart1(生地館)が閉店する。
    今セールしてるので行ってみたら、
    全品50%OFFでものすごい混雑&商品がすごく少なくなっていて、
    本当に終わっちゃうんだ...と悲しくなった。

    小学生のころから大好きなお店だった。
    初めて家庭科で作ったエプロンも、
    お母さんに作ってもらったブラウスやワンピースやレッスンバッグも、
    ふたりの息子たちの母子手帳ケースも保育園バッグも、
    ここで材料買ったんだよなぁ。

    いつか娘ができたら、バレリーナのレッスンバッグを作りたいなーって
    小学生のときに思ってた。
    夢叶わず。

    商品のセレクトも、サンプルの趣味の良さも、
    店員さんのおしゃれさと手際の良さも、
    本当に大好きだった。

    これからもPart2(アクセサリーパーツ)はあるので、
    そちらはずっと続きますよう。
    今までありがとうございました。
    posted by リョーコ at 03:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年05月10日

    その手が大きくなったとき

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    生まれたときから3週間で
    頭位が3センチも大きくなってた。
    おそるべき成長速度。

    仕事をしているときは偏った情報の中にいるので、
    産休の今、ふつうに新聞読んだり、テレビ見たりしていると
    世の中では今こんなことが起こってるのかと新鮮です。
    別の世界にいるようだ。
    世界は自分が捉えたいように存在するんだな。

    第1子のとき、産休中に見える世界と復職後に見える世界が
    けっこう違って感じられたので、
    第2子のときに関しては、今子どもを生みたいという気持ちと同じくらい
    今産休取って世界をリセットしたいという気持ちもありました。
    その両方をふだんから行ったり来たりできたらいいんだけど。

    子どもたちが大きくなったとき、
    どんな世界になっていてほしいか
    そしてその世界で生きていくためにどんな装備が必要なのか
    最近よく考える。

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    posted by リョーコ at 09:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年05月03日

    名づけで後悔しかけて気付いたこと

    次男の出生届を出した。
    生まれた日の2週間後だから、締め切り当日。
    名前をぎりぎりまで悩んでいて、その日になった。

    長男のときは夫に一任してたけど、
    今回はいっしょに考えた。
    読みやすくて、性別を間違われることもなくて、
    一発で変換できて、長男とも多少関連があって、
    字面が美しくて、画数も悪くなくて…とか考えすぎて
    もう何がいいのか全然わからなくなった。

    胎児のときには長男が名づけた
    「モー太郎」という名前で呼んでいた。
    それがあまりになじみすぎて、もうそれ以上に似合う名前はないような気になっていた。
    産後でちょっとおかしくなってたのかな?

    締め切り前日に夫と話し合い、
    おととし亡くなった父から一字もらってつけた。
    ちょっと響きが古風だけど、とてもいい意味のある名前。

    出生届を出した日、その名前をはじめてひとりで呼んでみた。
    「モー太郎」になじみすぎて、全然似合ってないような気がして泣きたくなった。
    改名手続きにはなにが必要なのか調べて、愕然としたりもした。

    翌日、夫と長男が里帰りしている私のところへやってきた。
    ふたりも「モー太郎」になじみすぎて、よく言い間違える。
    でも、新しい、決めた名前をふたりが呼ぶたびに
    いい名前だなーと思うようになった。
    自分だけが呼んでいたときとは、全然違って聞こえた。
    名前は、本人だけのものじゃなくて、
    取り巻く周りの人たちとの関係も大いに含まれるんだろうな。

    そうやって少しずつ名前とその人がなじんでいくんだろう。
    愛情をこめてたくさん名前を呼びたい。
    そして願わくば、多くの人に愛情をこめて呼んでもらえる人になってほしい。
    posted by リョーコ at 18:07| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年04月08日

    育児しながら働くことについて語るとき、何より先に考えてしまうこと

    シリーズ日本新生 仕事と子育て女のサバイバルという番組を観た。
    ココから観られます)

    女性は、大学生から50代の会社経営者(子どもあり)まで幅広いパネラーがいたのに
    男性は、未婚か子どもなしのジャーナリストと、「3歳児神話」を今更振りかざすおじいさん、
    現役で育児をしている男性は文京区区長のみという恐ろしく偏った人選。
    その人たちが、壁一面に明朝体で「女」とぎっしり埋め尽くされたセットの中で
    育児と仕事の両立について、社会をどう変えるか、みたいな話をしてるので
    なんかグロテスクだなーと思ってしまった。

    子どもをもって働くことが、ひとりででできるわけがない。



    我が家は私が復職してから2度目の産休に入るまでの3年間、
    家計における支出の負担→私8:夫2
    家事・育児にかける時間→私1:夫9
    くらいの割合で分担してきていた。
    きっかけは夫の失業と、私の復職による多忙で
    計画にのっとってこうなったわけではない。
    でも、子どもがまた増えたり、どちらかが失業したり、病気になったり、
    今の形態が永遠に続くわけでもないんだろうから、今持続しやすい形でやろう、とこうなった。

    過ごす時間が長いから当然、子どもは夫との間でいろんなことを学ぶ。
    おはしの持ち方もトイレトレーニングも文字や数字も、夫が教えた。
    本を選ぶのも、映画館にいっしょに行くのも夫なので、文化的な影響はこれからもっと受けると思う。
    でも、過ごす時間が短くても母親というのはそれだけで子どもに必要とされるところがあって
    (まあ、ぶっちゃけおっぱいがあるからだ)
    私が帰ってくると子どもは私に甘えてくる。
    いつもいっしょにいる夫は、自然と子どものしつけに厳しくなるし
    あんまりいっしょにいない私は、とにかくかわいくて自然と甘くなる。
    逆になるときもあるけど、見えているものが違うからか
    いっしょに甘やかしたり、いっしょに怒ったり、ということは少ない。

    夫は「必要だから、やらざるを得ないからやってる」と言う。
    崇高な理想に基づいているわけではないと。
    そもそも夫の家事の割合がこんなに増えたのも、
    もとから家事に関して高スキルだったからではなく
    私が「こんなにたくさん家事できないし、上手にもできない!」とキレて放棄したことで、
    私以外の人がやらざるを得なくなったからだった。
    そしてやってみたら、きれい好きで工夫好きで凝り性な夫のほうが、私より家事能力が高くなった。

    育児に関しても、自分と家族の関係について考えるところがあった夫にとって、
    「こなす」というよりは「試行錯誤して向かっている」ように見える。
    一方的に相手になにかをする、というのではなくて
    お互いの関係を築くためにどうしたらいいのか、と考えてやっている。
    母親だと肉体的にわりと無条件に、家族になれてしまうところがあるけど、
    父親はこうやって家族に「成って」いくんだなと夫を見ていると思う。
    個人差だけでなく、男女の違い、そのことによって担える役割も違ってくるんだな、と気付いた。

    そんなふうに家事と育児を担う夫のおかげで
    私は世間一般のワーキングマザーに比べて
    圧倒的に時間的な制約のない中で仕事をすることができている。
    それは、頭も要領もよくない私にとって
    仕事を続けていくために必要条件だ。
    って開き直ってちゃダメなんだけど…
    (子どもがいないころと同じように、とはもちろんいかないけど
    それは単に自分の中での優先順位が変わっただけ、と言える範疇だと思う)



    私の育休中、夫が失業してくすぶってるときに、
    「何かやりたいこととかないの?」と聞いたら
    「あんまりない」と言われて愕然としたことがある。
    私はやりたいことがたくさんあるほうで、
    その中で何からやるかとか、どれくらい時間を配分するかとかばかりを考えていたから、
    やりたいことがない人にどんな言葉をかければいいか全然わからなかった。
    そんなに考え方が違う人と、これからの人生をいっしょに歩むなんてできるのか?と思った。
    (今思うと、やりたいことがあったとしても、こんな状況では言いづらい)

    でも、それだけ考え方やスタンスが違うからこそ
    お互い足りないものを補い合って家族になれるのかもしれない。
    復職して圧倒的に私に時間がなくなったら、
    それを単にくすぶっているだけに見えた夫がカバーしてくれた。

    自分に欠けているものを自覚できてから、
    自分にとって本当に必要な人やものごとを理解できた気がする。



    独身時代、子どもは産みたかったけど、結婚したいとあまり思わなかった。
    若くて体力も収入も自由な時間もあって、ひとりでなんでもできると思っていたから。
    子どもを生んでみて、自分はひとりでは何もできないことに気がついた。
    誰かに子どもを見ててもらわないと仕事もできないし、
    育児をしながらだと家事もままならないし(そもそも家事スキルはまったく高くないし)、
    だんだん年をとって、仕事でも若い人たちに体力でも感性でも劣っていると思った。
    だから、支えてくれる人の存在がなおさら大きく感じられた。

    冒頭の番組を見ての違和感は、
    どうして女の人ばかりが自分の欠損を自覚しなきゃいけないんだろう?という疑問だった。
    片方が自覚するだけじゃ、お互いに必要だと思える関係にならないんじゃないかな。

    働いている環境に恵まれているというのは当然ある上で、
    私は女でよかったと思っている。
    産休育休をとって仕事以外の人生の流れについて考えやすいし、
    仕事に時間を費やしていても、母親というだけで子どもは自分を必要としてくれるから。
    そういう意味で、世間一般とは逆パターンの
    我が家の働くことと育児することのバランスは、わりと理にかなってるかも?と調子よく思ったりもする。
    そのぶん、偏見や誤解を得ることもあるけど
    自分たち家族がそれで幸せなら、気にするほどのことでもない。
    つわりで死にそうな時期と、臨月で精神不安定で涙が止まらない時期(今だ)と
    産後で体がボロボロで社会から断絶されて孤独で苦しい時期(もうすぐだ)以外は
    本当に女でよかったと思ってる。
    でもそれも含めての女としての人生だとも思う。

    産休に入って、久しぶりに家事をやってみて、
    今まで自分で思っていた以上に家のことをやっていなかったこと、
    そしてそれらが重労働であることを思いだして、
    夫への感謝が募るこのごろです。
    posted by リョーコ at 14:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2013年02月21日

    再度妊婦

    現在第2子を妊娠中で、昨日から
    人生で2度めの産休・育休に入りました。
    4月にはふたりめの子どもが産まれる予定です。
    息子とは4歳差になります。

    自分自身が3人姉弟で、楽しいことが多かったので
    体力と経済力が続く限りたくさん子どもを産みたいと思ってました。
    父が亡くなったときから、この悲しみを埋められるのは
    時間と新しい命以外ないんだろうな、というのもずっと考えていました。

    とはいえ、仕事もしていて
    育休明けてすぐにまた休むのは迷惑がかかるから最低でも1年は働いて、
    と考えているうちに異動になり、新しい職場でも1年は働いてから、
    と考えているうちにこのタイミングになりました。

    「ワーキングマザー」とか銘打ってるわりには
    平日私がしているのは、子どもに朝ごはんを食べさせて保育園へ送るくらいで
    あとは保育園のお迎えも、夜ごはんを作るのも、片付けるのも
    洗濯も、そうじも、子どもをお風呂に入れて寝かしつけるのも
    翌日の保育園の荷物を用意するのも、熱を出したら仕事を休んで病院へ連れていくのも
    ついでに私が買ってきた金魚の世話も
    9時〜5時の規則正しい時間に仕事をしている夫の役割でした。
    (そこまでに紆余曲折ありまくったけど)

    早朝出勤も深夜残業も休日出勤もある不規則な仕事を続けてこれて、
    さらにもっと子どもがほしいと思えたのは
    絶対にこの夫なくしてはありえなかったなーと心底思います。

    子どもを育てるのって楽しいなと思えたのも、
    家族で過ごす時間がいちばん幸せだなと思えるのも、
    この人と結婚したからだなと。

    とはいえ、まだ5年弱だし
    これからもっといろいろあるんだろうけど、
    その都度いちばん楽しいと思える道を選びながら
    幸せをいっしょに作っていけたらいいなと思います。

    ぶっちゃけ「ダメなら離婚すればいっか」くらいの
    賭けに近い気持ちで結婚したけど、
    (自分は全然結婚に向いてない気がしたし、
    結婚自体にあんまりメリットを感じられなかったから)
    結婚してよかったな。
    やってみないとわからないことが世の中にはたくさんあるな。
    posted by リョーコ at 14:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2012年08月08日

    備忘録

    息子を腕まくらで寝かしつけていたら、
    眠りにおちる直前の一瞬目があったので、お互い微笑み合った。
    息子の笑った目が線になったまま、目尻の向きだけが変わって眠っていった。

    (ふだんはそんなこと考えないんだけど、)
    こういう場面が積み重なって
    親が自分のことを愛してるって刷り込まれるのかなあと思った。

    子どもが喜ぶんじゃないかと思うことをするのって
    私の場合はほとんど自分が親にしてもらって嬉しかったことで、
    親には愛し方も教わっていたんだなと思う。

    思春期だったりすると反抗したいこともあって
    でも、これをすると親が悲しむからしないでおこう、と
    私はけっこういっぱい思ってきた。
    そんなふうに育てられたことを、
    当時は枠にはまってつまらないことだと思ってたけど
    大人になって自分をそれなりに肯定した今から見ると、
    自分の生き方は親の愛情に支えられてきたんだなって気がする。

    息子の寝顔を見ながら、
    こんなにかわいいこの子も
    将来死にたいくらい辛いこともあるんだろうな、と思った。
    本当は一個一個歩く先にある石をどけてあげたいくらいだ。
    でもそれはできないから、
    自分で石をのけられる強さを持てるくらい
    愛をいっぱい注ぎたいし、それに気付かれるように表現していきたい、
    と思ったところで私も寝よう。
    posted by リョーコ at 23:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする