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    2017年03月27日

    性善説で生きる

    「性善説で生きてるよね」と友人に言われた。たぶん褒められてはいないけど、そうかもなあと思った。人を疑ったり、嫌だな、と思ったりすることがあんまりない。そういうとすごく良い人っぽいけど、単にネガティブな感情をコントロールするのが面倒なだけ。疑いそうだったり、嫌だなと思いそうな人とは、思う前に距離を置いてる。

    疑うのとか嫌うのって、ものすごく頭もエネルギーも使う。疑ったり、嫌ったりするほど、頭が良いわけでもないし、エネルギーがあふれているわけでもないんだと思う。その余力があるなら、もっと楽しい方にまわしたい。それで基本的に人はいい人だという前提で過ごしているし、好きな人のことだけを考えて暮らしている。それでも裏切られることはあるし、でも忘れることはわりと得意なので、その前提を今のところは保っている。

    人を疑うってことは、鍵をかけなきゃいけないってことだ。鍵をかけるってことはその鍵を管理しなきゃいけないってこと。それがものすごく苦手だ。この間も、鍵をかけたはいいけどその鍵をなくして、鍵屋さんを呼んだ。鍵を開けるのにかかったお金は14000円。比喩ではない。鍵をかけなくていい人しか、この世にいなければいいのにと本当に思う。でも、そういうわけにもいかないから、私の中では世界は性善説に基づいて成り立っているということにしている。
    posted by リョーコ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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