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    2014年07月20日

    住まいへの峻巡と、馬場未織著『週末は田舎暮らし』がおもしろかったことについて

    一生賃貸で、という気持ちが変わってきた理由

    あちこち旅行をして、人の家に泊めてもらったり、
    子どもの友だちのお家におじゃましたり、お招きしたり、
    ということを最近頻繁に行っていて
    住む場所について、ものすごく興味が湧いてきた。

    賃貸物件をいろいろ見ていたんだけど
    ファミリー向けで手頃で興味のわく物件が少なくて、
    つまりこの層で納得がいく物件を見つけるには購入しかないのか?
    と思い始めて、一生賃貸でと思っていた気持ちがぐらついた。

    どこへ行っても、行くだけじゃしょうがない。
    その場所で好きなことをしたり、好きな人と会っておしゃべりしたり、
    子ども同士を遊ばせたり、また今度ねと
    次に続くことを考えるのが楽しいのであって、
    それがないと間が持たないし、つまらないなと思うようになった。
    そしてそれを繰り返すうちに、場所に愛着がわいて、
    そこのために役に立つことができたらいいなとも。

    また、もともとDIY精神が旺盛なほうで
    衣食住全般を自分で作ってみる方法にものすごく興味がある。
    最近では家のいろんなところに壁紙を貼るブームが
    自分の中にやってきていた。
    そして賃貸の不自由さを感じていた。

    あとは家をいったん買っても改修して貸したり売ったり、
    永住し続ける以外の使い方をしている人たちに出会ったこともある。
    一個の拠点として考えたら、
    今家を買うのは将来の楽しみを増やすことにもなるかもと思った。

    実家は東京だし、転勤はないし、
    今住んでいる場所に自分も子どもも友だちがたくさんいる。
    これは...と思い始めたらいてもたってもいられず、
    不動産に関する本を読みあさっていた。


    拠点を増やす、は自分の考える豊かさに近い

    そんな中で芋づる式で知って、ものすごく面白いなーと思った本があった。



    週末は田舎暮らし---ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記

    東京出身で共働き、3人の子どもを持つ著者が
    自然の中で子育てをしたいという思いで南房総に土地を買って、
    平日は都会で働きながら、週末になると里山へ行って
    草刈りをしたり、野菜を作ったり、その地域の人と関係を作っていって
    その良さを発信していく、という日常をつづっている。

    ふたつの拠点を持つことで、そのどちらの良さもわかって味わえて
    それを家族で共有できていることが、すごくいいなと思った。
    どちらかを選ぶんじゃなくて、その両方を同時にやることで
    双方のことがよりクリアに見えている感じがした。
    文体も軽やかでスピード感とユーモアがあって好き。

    私は、生活って家を物理的に維持することや
    家族の中だけで機能することだけではなくて、
    まわりの人と関係を作ったり、その関係の中で
    自分がなにかしら作用していることを
    感じることの中にこそあると感じている。
    そしてそれは場所がどこでも、世代や立場が違っても
    わりと普遍的なことなんだなーと気付いた。

    震災のときのことにも触れられていて、
    自力である程度生活できる人のたくましさに
    自分がずっと感じているグラグラした気持ちの解決策を見た気もした。
    食べ物を作れたり、食べ物を作る人から分けてもらえる手段があれば、
    冷静にそのあとのことを考えられたかもしれない。
    私はずっとグラグラしながら同じ場所で足踏みしているだけで、
    煮詰まる一方だった。
    勝手に大きくなっていく子どもの存在があったから
    無理矢理歩き出せたようなものだった。


    子どもを育てる環境について思うこと

    私は東京出身で、その恩恵もたくさん受けてきたし大好きだ。
    でも、今自分が東京で子育てをしてみて
    東京にはないけど、子どもに与えたいと思うものがたくさんある。
    自由に走り回れる場所とか、気が済むまで掘りまくれる場所とか、
    まわりを再三確認しなくても車が来ない場所とか、
    許可を取らなくても花火ができる場所とか、
    親の目は届かないけど犯罪に巻き込まれる危険もない場所とか、
    食べ物がどういうふうにできるのかわかる場所とか。

    でも、東京の恩恵も受けながらそんなことも求めるのは
    高望みに過ぎる気もしていた。
    私が子どもの頃だって、上に書いたようなものは
    すでに東京、自分が住んでいた阿佐ヶ谷にはなかった。
    祖父母や親戚も首都圏にしかいなかったので、
    こういうものの存在を知ったのは
    毎年旅行していた長野の民宿だった。

    それに虫は好きじゃないし、植木はことごとく枯らすし、
    絵に描いたようなペーパードライバーだし、
    徒歩圏内にコンビニがないと不安だし、
    とてもそんなこと言う資格ないなとも。
    あ、こういう環境で育つとそうなっちゃうのか?

    都市生活ではそれなりにたくましいほうだと自負してるけど、
    でも子どもたちが大人になったとき、この都市生活が
    変わらぬ規模で続いているのか?と思うと超疑問。
    震災があって、それをガツンと思って、
    あれからずっとひっそりとだけど離れない。
    都市生活しかできない親の姿だけを見て育つ子どもは、
    ほかの選択肢を選べるのか?とも思う。

    子どもの足下にある石をずっとどけてやることはできない。
    自分で蹴りとばす力をつけることが親ができることなのだと思う。
    でも、その道は今まで自分が歩いてきた道とは全然違うのかもしれない。


    東京に軸足を置きつつ選べる選択肢

    実家の母は東京に家があるし、父はもういないから
    東京から完全に離れるという選択肢はない。
    東京には好きな仕事もある(育休中ですが)。
    子どもももう地域に根付きつつある。
    そのあたりで悶々としながらフラフラして考えてたことの答えの一端を
    この本は鮮やかに示してくれている。

    タイトルからはも、すべてに余裕がある人たちのライフスタイルを
    うらやましく思うために読む本かなと思ってた。
    東京の不動産事情に頭が痛くなって、気分転換のつもりで読み始めた。
    でも、実際は質実剛健で実用的だけどウィットに富んでいて、
    物理的にどこに住むか、どうやって住むか、だけでなく、
    どんな家族にしていきたいか、地域にどんなかかわり方ができるか、とか
    自分の今の生活にすぐ落とし込んで考えるヒントが多くて面白かった。

    東京から軸足を外さなくても、子どもに多くのものを与える手段はある。
    そして、東京で過ごす毎日をもっと密度を濃く、面白くする方法もある。
    夏休みをそういうことに使えたらいいなと思う。

    そしてセカンドハウスについての妄想をあれこれ始めている。
    ファーストハウスだってまだ決まっていないのに!


    posted by リョーコ at 07:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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