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    2013年09月08日

    Madre Bonita DAY2013に行ってきた

    9月7日に六本木d-laboで行われた
    Madre Bonita DAY2013に参加してきた。

    ゲストがまついなつきさんと窪美澄さんで、
    そのおふたりとマドレボニータの代表の吉岡マコさんの
    ツイッターでのやりとりが面白くて
    これはぜひ生で見たい!と思った。

    窪さんの作品を薦めてくれて
    新作が出たらいっしょに読んであーだこーだ話し合ってる夫に
    イベントのことをLINEしたら、即レスでいっしょに行くことになった。


    マドレボニータって?

    広く一般市民に対して、産後ケアの重要性を啓蒙するとともに、産前・産後の女性に向けた、産前・産後のボディケア&フィットネスプログラムを開発・研究・普及し、プログラム提供者の養成を行うことで、母となった女性が子育ての導入期を健やかに過ごし、子どもの健全な育成、虐待の予防、夫婦不和の予防、地域の活性化、女性の再チャレンジとエンパワメント、少子化への歯止めに寄与することを活動の目的とする。

    http://www.madrebonita.com/

    私は約5年前にマドレボニータに出会った。
    第1子の妊娠中に吉岡マコさんの書籍でマドレボニータを知り、
    産後3か月でクラスに参加。
    その後、正会員になり、
    第1期のワーキングマザーサロンのファシリテーターとなり、
    第2子のときは妊娠中からにんぷクラスに参加し、
    子どもに命名するより前に産後クラスにも申し込んだ。

    今は賛助会員になって細々と応援しつつ、
    まわりで妊娠した人にはおすすめして、
    産後白書を配り、なるべく多くの人に知ってほしいなーと思ってる。

    私がものすごくマドレボニータに心が奪われたのは、
    活動の意義もそうだけど、
    関わっている人が魅力的で面白い人ばかりだったというのが大きい。
    子どもを産んでからも、こんなに面白い人たちと会える場所があるんだ
    というのがカルチャーショックだった。

    そして、NPO法人というものを身近に感じたのも初めてで、
    社会を動かすって公務員や政治家だけの仕事じゃないんだ
    というのも新しい発見だった。

    それでMadre Bonita DAYというのは、
    そんなマドレボニータをもっとよく知るためのイベント。
    70名の参加者のうち、男性の参加者は夫のみでちょっと驚いた。


    宗教っぽくてもいいんじゃないか

    イベントは、3つの「マドレdisりあるある」に
    まついさんと窪さんがツッコんでいく形式で進行された。
    それは、
    @マドレのクラスに参加できるのは「勝ち組」だけ
    Aマドレはなんだか宗教っぽい
    B生後210日以上は単身で参加が義務づけられていて、母子分離を促している
    というもの。

    私がいちばんぐっときたのは、Aのときに
    宗教っぽくすがれるものが、育児をする上で
    心が必要とするときがあるんだから
    そう言われても気にしなくていいんじゃない、って言葉。

    最初の産休育休から復職して、
    子どもを産む前からの友人や知人にマドレボニータを紹介するとき、
    自分のチャンネルが今までと変わってるのを感じて
    気恥ずかしくなったりすることがあった。
    それは育児をする上で求めてるものが、それまでと違ってたんだなあと。

    私はマドレボニータを、まわりの産後女性に薦めるとき、
    「救われた」という言葉をよく使っていた。
    それは嘘偽りない言葉だけど、産後のしんどさに関心がない人からしたら
    若干引く言葉だったかもしれない。
    でも、現在進行形でしんどい人には、響く言葉だとも思ってる。

    わかる人だけわかればいい、とか
    今必要としてる人にとりあえず届けばいい、って言うのは簡単だけど
    必要としていることを自覚することすらできない人もいて、
    そういう人にこそ届けないとと思う。

    そうしたらやっぱり、自分がどう思われるかとか
    宗教っぽいと思われやしないか、とかに心を砕くんじゃなくて
    率直にいいと思ったことを口にするしかない。

    人にどう思われてるかを気にして思ったことを言わないなんて、
    人生の短さをなめてるのかもしれないって最近よく思う。


    窪美澄さんが作家になった理由

    質疑応答の中で、窪さんが作家になった理由をお話しされていて、
    それにとてもぐっときてしまった。

    作家になる前、ライターをされていた窪さんが
    ページを作る中で拾いきれない、こぼれていくものを
    そのままにしないために小説を書いたと言っていた。

    だから、ぎくっとしたり、はっとしたり
    そのことを書いてくれてありがとう、という気持ちになれる
    作品が書けるんだなと思った。

    私は雑誌を編集する仕事をしている。
    取材して集めたものを、わかりやすく、伝わりやすく、削ってるうちに
    ものすごく大事なものを今捨てた?っていう気分になることが
    しょっちゅうある。

    スペースにも時間にも限りがあるから、仕事としては致し方ないし、
    自分が編集者として精進するほかないけど、
    その削った、こぼれた部分にも大事なものがあることは忘れたくない。
    自分の好きな人に大事なことを伝えるときは
    わかりやすさを言い訳に簡略化しすぎてはいけない。


    終了後、夫と話し合った

    イベントが終わってから、
    夫とパスタやつけ麺やおこわを食べながら話し合った。(3軒はしごした)
    なかなか大人だけで、じっくり話せる機会がないので
    会話がはずんでしまった。

    こうして、自分の思ったことをわーっと言える相手が
    身近にいるというのは幸せなことだし、
    何か物事があったとき、それについて考えを聞きたいと思える相手が
    身近にいるというのも幸せなことだな、と思った。

    マドレボニータの何に魅了されていて、
    なぜ必要だと思うのかを夫に説明できてから、
    すごく楽になった。
    何がつらくて、どういう支えを必要としていて、
    どんなコミュニティの中で生きていきたいかを説明できたから。

    自分で100%言えなくても、
    こういうイベントがあると説明しやすくていいなー。
    posted by リョーコ at 01:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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