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    2013年08月18日

    父の三回忌を終えて

    父が亡くなって、丸2年が経とうとしている。
    誇張ではなく忘れた日は1日もないし、
    家族といると「お父さんだったらこう言いそうだよね」
    みたいな話もしょっちゅうしてる。

    でも、亡くなった当初に感じてたような
    まだ生きてるような気がする感覚はないし、
    そういうのが風化していくのが悲しい
    っていう感覚も薄くなった。
    時間が楽にしてくれるっていうのは、こういうことなんだな。

    逆にどんどん濃くなるのが、
    あのときに感じた強い気持ちを糧に
    行動を起こせていないんじゃないかという焦り。

    いつ死んでもおかしくないんだから
    やりたいことを早くやらなきゃと
    強く思ったはずなのに、
    結局先延ばしにしていることが多くて
    当時と変わらない現実に気づくたび
    心が重くなる。

    ふたりめの子どもを産んだとき、
    その気持ちが少し軽くなった。
    すごくやりたかったことのひとつを遂げて、
    自分の世界が変わったから。

    三回忌に次男を連れて行って、
    この子はお父さんのことを知らないんだ
    とふと思ったら、悲しいけど
    これが先に進むってことなのかもと思った。

    その人が生きてた時の記憶がある人がいるうちは、
    その人はまだ生きてる、の逆バージョンに
    初めて気がついた。
    同時に、自分の中では一生変わらずに
    生きるものの存在も確認できた。

    自分より圧倒的にあたらしい人と
    絶対変われない自分の中のある部分を
    両方大事にしたい。
    相反するようでいて、
    そのふたつはつながっている。

    2年前に書いた文章。
    あんまり変わってないな。
    http://kodomototabi.seesaa.net/article/226116759.html
    posted by リョーコ at 17:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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