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    2013年04月08日

    育児しながら働くことについて語るとき、何より先に考えてしまうこと

    シリーズ日本新生 仕事と子育て女のサバイバルという番組を観た。
    ココから観られます)

    女性は、大学生から50代の会社経営者(子どもあり)まで幅広いパネラーがいたのに
    男性は、未婚か子どもなしのジャーナリストと、「3歳児神話」を今更振りかざすおじいさん、
    現役で育児をしている男性は文京区区長のみという恐ろしく偏った人選。
    その人たちが、壁一面に明朝体で「女」とぎっしり埋め尽くされたセットの中で
    育児と仕事の両立について、社会をどう変えるか、みたいな話をしてるので
    なんかグロテスクだなーと思ってしまった。

    子どもをもって働くことが、ひとりででできるわけがない。



    我が家は私が復職してから2度目の産休に入るまでの3年間、
    家計における支出の負担→私8:夫2
    家事・育児にかける時間→私1:夫9
    くらいの割合で分担してきていた。
    きっかけは夫の失業と、私の復職による多忙で
    計画にのっとってこうなったわけではない。
    でも、子どもがまた増えたり、どちらかが失業したり、病気になったり、
    今の形態が永遠に続くわけでもないんだろうから、今持続しやすい形でやろう、とこうなった。

    過ごす時間が長いから当然、子どもは夫との間でいろんなことを学ぶ。
    おはしの持ち方もトイレトレーニングも文字や数字も、夫が教えた。
    本を選ぶのも、映画館にいっしょに行くのも夫なので、文化的な影響はこれからもっと受けると思う。
    でも、過ごす時間が短くても母親というのはそれだけで子どもに必要とされるところがあって
    (まあ、ぶっちゃけおっぱいがあるからだ)
    私が帰ってくると子どもは私に甘えてくる。
    いつもいっしょにいる夫は、自然と子どものしつけに厳しくなるし
    あんまりいっしょにいない私は、とにかくかわいくて自然と甘くなる。
    逆になるときもあるけど、見えているものが違うからか
    いっしょに甘やかしたり、いっしょに怒ったり、ということは少ない。

    夫は「必要だから、やらざるを得ないからやってる」と言う。
    崇高な理想に基づいているわけではないと。
    そもそも夫の家事の割合がこんなに増えたのも、
    もとから家事に関して高スキルだったからではなく
    私が「こんなにたくさん家事できないし、上手にもできない!」とキレて放棄したことで、
    私以外の人がやらざるを得なくなったからだった。
    そしてやってみたら、きれい好きで工夫好きで凝り性な夫のほうが、私より家事能力が高くなった。

    育児に関しても、自分と家族の関係について考えるところがあった夫にとって、
    「こなす」というよりは「試行錯誤して向かっている」ように見える。
    一方的に相手になにかをする、というのではなくて
    お互いの関係を築くためにどうしたらいいのか、と考えてやっている。
    母親だと肉体的にわりと無条件に、家族になれてしまうところがあるけど、
    父親はこうやって家族に「成って」いくんだなと夫を見ていると思う。
    個人差だけでなく、男女の違い、そのことによって担える役割も違ってくるんだな、と気付いた。

    そんなふうに家事と育児を担う夫のおかげで
    私は世間一般のワーキングマザーに比べて
    圧倒的に時間的な制約のない中で仕事をすることができている。
    それは、頭も要領もよくない私にとって
    仕事を続けていくために必要条件だ。
    って開き直ってちゃダメなんだけど…
    (子どもがいないころと同じように、とはもちろんいかないけど
    それは単に自分の中での優先順位が変わっただけ、と言える範疇だと思う)



    私の育休中、夫が失業してくすぶってるときに、
    「何かやりたいこととかないの?」と聞いたら
    「あんまりない」と言われて愕然としたことがある。
    私はやりたいことがたくさんあるほうで、
    その中で何からやるかとか、どれくらい時間を配分するかとかばかりを考えていたから、
    やりたいことがない人にどんな言葉をかければいいか全然わからなかった。
    そんなに考え方が違う人と、これからの人生をいっしょに歩むなんてできるのか?と思った。
    (今思うと、やりたいことがあったとしても、こんな状況では言いづらい)

    でも、それだけ考え方やスタンスが違うからこそ
    お互い足りないものを補い合って家族になれるのかもしれない。
    復職して圧倒的に私に時間がなくなったら、
    それを単にくすぶっているだけに見えた夫がカバーしてくれた。

    自分に欠けているものを自覚できてから、
    自分にとって本当に必要な人やものごとを理解できた気がする。



    独身時代、子どもは産みたかったけど、結婚したいとあまり思わなかった。
    若くて体力も収入も自由な時間もあって、ひとりでなんでもできると思っていたから。
    子どもを生んでみて、自分はひとりでは何もできないことに気がついた。
    誰かに子どもを見ててもらわないと仕事もできないし、
    育児をしながらだと家事もままならないし(そもそも家事スキルはまったく高くないし)、
    だんだん年をとって、仕事でも若い人たちに体力でも感性でも劣っていると思った。
    だから、支えてくれる人の存在がなおさら大きく感じられた。

    冒頭の番組を見ての違和感は、
    どうして女の人ばかりが自分の欠損を自覚しなきゃいけないんだろう?という疑問だった。
    片方が自覚するだけじゃ、お互いに必要だと思える関係にならないんじゃないかな。

    働いている環境に恵まれているというのは当然ある上で、
    私は女でよかったと思っている。
    産休育休をとって仕事以外の人生の流れについて考えやすいし、
    仕事に時間を費やしていても、母親というだけで子どもは自分を必要としてくれるから。
    そういう意味で、世間一般とは逆パターンの
    我が家の働くことと育児することのバランスは、わりと理にかなってるかも?と調子よく思ったりもする。
    そのぶん、偏見や誤解を得ることもあるけど
    自分たち家族がそれで幸せなら、気にするほどのことでもない。
    つわりで死にそうな時期と、臨月で精神不安定で涙が止まらない時期(今だ)と
    産後で体がボロボロで社会から断絶されて孤独で苦しい時期(もうすぐだ)以外は
    本当に女でよかったと思ってる。
    でもそれも含めての女としての人生だとも思う。

    産休に入って、久しぶりに家事をやってみて、
    今まで自分で思っていた以上に家のことをやっていなかったこと、
    そしてそれらが重労働であることを思いだして、
    夫への感謝が募るこのごろです。
    posted by リョーコ at 14:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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